自立人材育成という企業共通の悩み |
最近、若手社員を中心に、自立人材をどのように育成していくのかが多くの企業の共通の悩みとなってきています。なぜなら、従来の企業組織では、永らく、汎用的教育プログラムがあって、それに則って最低限の教育を施せば、あとは実戦への配備によってOJTで鍛えられていくというものでした。若手社員は経験豊富な上司の指示にまじめに従っておりさえすれば、成果を上げることができたのです。
ところが、環境がガラリと変わり、過去の成功体験がそのまま活かせなくなりました。さらに、ITテクノロジーの急激な進展でリテラシーも変わり、上司から部下への教育が大変になってきました。世の中の変化が激しく、不確実で、複雑な経営環境の中では、もはや正解というものがなく、先輩が言うことが必ずしも正しいとも言えなくなりました。むしろ、若手社員が、直接ユーザーと対話している現場で、企業として取り組むべき重要なテーマを掴んでいる場合もよくあります。
このようなわけで、企業は今、現場にいる若手社員からして、自分で問題発見し、問題解決していかなければなりません。そのために問題意識をもって、自発的に学び、スキルアップを図っていく自立人材の育成が求められるようになっているのです。 |
自立人材育成のために必要な教育コンテンツとは? |
しかしながら、世の中にある多くの人材育成プログラムは、教える側都合の教育中心、企業ニーズに合わせて、体系的あるいは個別に何かを教えるというものになっており、自発的に何かを学ぶというスタンスになるとアクセスがしづらいものになっています。
そこで、人材育成にかかわる私たちはゼロベースで教育内容を見直していく必要があります。これから、最低限インプットしておかなければならない、いくつかの自立人材養成に向けた教育コンテンツの要素について取り上げてみたいと思います。
まず、最も基本的な、あらゆるビジネスの元となる会社とは一体なんであるのか?自身の関わりとはどのようなものなのか?を理解する、「会社の仕組み」コンテンツをご紹介します。 |
「会社の仕組み」を1枚の絵で理解 |
一般的に、そもそも会社とは何であるかが理解できるのは、企業活動と財務諸表が紐づき、一定の行動をインプットすると、財務諸表の数字がどうかわるかを体得できてからになります。この関係が理解できますと、ビジネスのプロセスに関わり成果を上げるためには、主体的に動かざるを得ない自身の在り方が見えるようになります。
しかし、このような生の財務情報にアクセスできるのは一定以上の幹部になる必要があるため、相応の立場になるまでは上に言われているから仕事に取り組んでいる社員となっている(=自立していない)可能性があります。そこで、できるだけ早期に財務諸表が読めなくても、会社とは一体何なのかを理解してもらう必要があります。
そこで、まず営利企業であるわが社の会社の活動を、仕組み(システム)として理解できる必要があります。なぜかというと、自身が直接関与する、会社のあるプロセスにのみ意識が閉じてしまいますと、知らないうちに部分最適化を図るようになるからです。最も極端な例では、「事務処理の負荷が増えたのは、受注が急に増えたせいだ」などと不平を言うといったことが起こります。
企業は一つの生命体のように、様々な機能がからまって成り立っており、それらが最適な状態で運営されることで初めて成果を挙げることができるようになっています。したがって、最低限、会社は利益を出すという目的のもとに、個々人の役割とその活動が、常に全社的に影響を及ぼすシステムとつながっているという理解を徹底する必要があります。
このことをを分かりやすい図にすると以下のようになります。
一般企業の目的は営利なので、E.利益を獲得するために、外部から、人、モノ、お金、情報といった様々な「A.経営資本」を選定し、これを「B.インプット」、資本ごとの調達機能(人ならば人事部門等)により調達し、ものづくりやサービスづくり行程で、商品あるいはサービスを創り出します。これら商品、サービスを、販売やマーケティング機能を稼働させて、お客様に販売します。これが、「C.アウトプット」の活動になります。「D.会計」は、売上代金の決済と、経費の支払い、最終的な財務諸表になる数値の確定作業を意味しています。そして、最終的な企業活動の「E.利益」が確定します。 |
「会社の仕組み」は一言で表現すると、「入るを図りて、出るを制す」 |
営利企業の活動を一言でシンプルに表現すると、「入るを図りて、出るを制す」ということができます。これについては、中国の古典『礼記』に「入るを量りて、出るを制す」という言葉があり、国家の運営において、税収を確定し、税収の範囲で公共事業を行なえば、安定的な国家経営ができるという意味合いのものです。
営利企業においても同様のことが言えます。ただ、企業の場合は経営戦略や戦術が必要となるため、「入るを量る」は「入るを図る」のほうがよりふさわしく、上記のような表現にしています。つまり、企業は資本主義経済において、戦略を練り、お金の出入りをマネジメントして、利益を出すことが健全な企業と考えられ、企業はそのために活動をしています。
前述図で、「入るを図る」の部分は、主として「C.アウトプット」に該当し、商品やサービスのプロダクトをできるだけ多くのお客様に、効果的に販売していくことが相当します。さらに、「入るを図る」ためには、例えばプロダクトについて、多くのお客様の声を聞き、「B.インプット」の中の開発サイドにプロダクトの改善を要求し、付加価値を高め単価を高めていくという努力があります。また、効果的な市場開拓の方法を編み出し、「入る」の部分を増やしていくことが考えられます。
「出る」を制するの部分は、「A.経営資源」をできるだけ安く調達できるよう、「B.インプット」工程で、調達交渉の知恵を巡らせ、各機能をDX等で効率化していくという動きになります。
逆に「入るを図る」の側で、競合に勝つためだけに値引きをしたり、「出るを制する」の側で、調達交渉が不充分だったため、高価な材料を仕入れてしまい、製造コストが高止まりしたりすることも起こります。常に全社の利益を意識すると、このような不適合を防ぐことができるわけなのです。
最終的には、前述図で、(+)、(-)が表示されている項目において、(+)が、(-)の総合計値を上回らなければなりません。販売に関連する部門は、(+)をできるだけ増やし、それ以外の部門は、(+)が増えるよう、「入るを図る」活動にできるだけの協力と、(-)になる要因を減らす努力が重要になります。
つまり、各部門、すべての社員は間違いなく「入るを図りて出るを制す」のプロセスに直接かかわっています。これが理解できれば、「カラーコピーをみだりに使うな」とうるさく注意されたり、「月次目標必達」せよ、なのに、「交通費を削減」せよと一見矛盾することを言われたりすることにも、納得できるようになるでしょう。 |
A.経営資本 |
次に、各プロセスをもう少し詳細を見ていきます。言うまでもなく企業活動には、資本投入が必要です。資本の内訳は、人(人的資本)、モノ(製造資本)、金(財務資本)、情報(知的資本)があり、近年では、地域のステークホルダーとの関係性をあらわす社会・関係資本や地球環境(自然資本)といったものも資本に含めて考えるようになってきました。
いったいわが社はどのような経営資本と関わっているのかは、全社員が知っておくべきことと言えます。
具体的には、どのような人が採用ターゲットなのか、どのような原材料を仕入れ、部品を仕入れているのか、金融機関や投資家とはどういう付き合いがあるのか、データや知財の購入にはどんなものがあるのか、地域社会との関わりはどう利益に影響するのか、地球環境との関わりはどうなのか等々です。
これらを知ることにより、経営資本の先にあるステークホルダーである、取引先や事業パートナー、金融機関の顔が見えてくるとともに、経営資本を選択することが重要であり、一方で自社が相手からも選ばれる関係になることも分かります。そして、この関係性が、お金の「出るを制す」べき資本の調達コストを決めていることが理解できます。 |
B.インプット |
もともと会社の外部にある資本を調達するには、人を採用する人事機能や、原材料、製造設備、ERPシステムを調達する機能、銀行や株式市場から資金を調達する機能、データの購入、ライセンスの使用権といった知財を調達する機能が必要となります。そしてそれら機能は、全体最適化のために発動されなければなりません。
例えば、人で言えば、できるだけ優秀な人材を少ないコストで採用できるよう工夫する必要があります。少ないコストで採用する工夫とは、社員のエンゲージメントを上げ、リファーラル(社員の口コミ)採用を有効なものにするなどといった活動です。
社員のエンゲージメントを上げるために、人事部門は人事制度の適正化を図ったり、ダイバーシティ対応を行なったり、1on1によるきめ細かな人材育成を導入したりすることなどが必要となります。こういった工夫の結果として、組織全体の人の生産性が高まって業績が向上し、社員の給料が上がると、リファーラル効果も高まることになります。
また、モノの調達で言えば、例えば、販売活動と連携し、受注予測データを共有し、無駄な部品や、仕掛品在庫を抱えない努力が求められます。お金では、金融機関との金利交渉、上場企業であれば、株式の短期売買ではなく長期保有を基本とする株主獲得を意識したIR活動・・・。このような各機能を担う部門の努力によって、全社的なB.インプットにかかるコストを減らすことができるわけなのです。 |
C.アウトプット |
企業は「B.インプット」の機能を稼働させ、商品やサービスを作ります。そして、「C.アウトプット」のプロセスで、それらをお客様に販売します。さらにより効率的に販売できるように、マーケティング機能を駆使します。
「C.アウトプット」は、「B.インプット」プロセスの努力によって、顧客にとって商品・サービスの購入価格を下げることができれば販売量の増加につなげることができます。さらこれが、BtoC商材であれば、価格比較サイトなどで上位にランキングされ、マーケティング効果も高まります。
これらにより、販売量を増やせば、原材料等の調達量も増えるため、さらに有利な条件で原材料の調達が可能となり、「B.インプット」のプロセスに良いフィードバックを提供できます。
このように企業活動を一つの仕組み(システム)として捉えると、各機能が密接に連携していることが分かります。全社を挙げて、「B.インプット」の極小化と「C.アウトプット」の極大化の努力が、利益の極大化を生み出すことになるのです。 |
D.会計 |
最後に、D.会計のプロセスが、企業活動の成果の締めになります。
販売した商品、サービスは代金を回収して初めて、仕事が完了します。(もし、回収できなければ不良債権になり、そのうち損金処理をしなければならなくなります。)回収した代金の中から、従業員の給料を払い、原材料、部品、設備調達などの取引先や外注先に支払いを終わり、銀行に金利を払い、税金を払い、最終利益が確定します。
このプラス・マイナスの取引を合算して、企業会計のルールにしたがって作成した計算書が財務諸表であり、企業活動の成績表といえるものです。 |
E.利益 |
以上のように、会社の仕組みが正常に機能し、「入るを図りて、出るを制す」が成功してはじめて利益を生み出すことができるのです。
ここで、社員の学ぶべきことは、自身の活動が、そのまま利益に直結しているということであり、自身の働きぶりによって利益を減らしたり、増やしたりする影響を持っているということです。社員は、この利益を増やす努力と成果に応じて、給料は還元されるべきと主張することもできます。
つまり、自身が直接的に利益創造プロセスに関わっている重要な存在であるとしっかり理解できさえすれば、社員は評論家的にあそこが問題、ここが問題と言って不平を言い、組織風土にダメージを与えつつも、給料だけはしっかり主張するという立場には、なかなかなりにくいということです。
このように、企業は、社員自身がコミットすべき、一つの仕組みとして会社を理解することに導くことで、自ら事を起こす主体者としてのマインドを覚醒させることができるといえるでしょう。 |
「会社の仕組み」を理解する学びのプログラムの作り方 |
最後に、どのようなプログラムを作ると良いかの例をご紹介します。
Step1: |
前述の図を見せて一般的な「会社の仕組み」を説明する。 |
Step2: |
資源や、機能を自社のケース置き換えると、こうなるという説明をする。 |
Step3: |
自社の各機能がどのように連携していて、「入るを図り」「出るを制する」ために協働することによって、さらにどのような成果を上げられる可能性があるのかを討議する。 |
Step4: |
説明後に、Step 2,3の図を隠し、独自に同じものを再現してもらい、他者に対して説明してもらう。 |
Step5: |
もし、上場企業で統合報告書を作成しており、国際統合報フレームワークを活用している場合は、それを用いて再説明します。 |
これによって、自社の会社の仕組みをよりリアルに理解できることになるでしょう。 |
システム思考が自立人材を育む |
前述の図は、システム思考をもとにしたもっとも簡単な「会社の仕組み」の説明モデルです。
これによって、会社は利益を最終目的に活動していることや、その活動の中で、社員一人一人が、会社にとってなくてはならない役割りを担い、業績に影響を与える存在であることをまず理解してもらいます。
そして、システムを動かしている一人の人材として、自身の働きかけによって、この会社のシステムをよりよく改善、改革することも可能であることを納得してもらうことが、自立人材になるために、最低必要な要素と言えるでしょう。 |
「会社の仕組み」一枚の絵で、協働力を高める |
会社の活動がシンプルに可視化されることによって、各部門の関係性がわかり、社内的にはできるだけオープンマインドで、情報提供をした方がよいことがわかり、部門だけの最適化だけではだめなのだということに気づくことができます。
社員が全社への協力を意識することになり、部分最適化の閉じた活動から踏み出して、全社活動に協力する行動に出た場合には、大いに褒めてあげる必要があります。これにより、社員としての良い行為が明らかに認識できるようになり、より全体的なことを意識しながら動く自立人材へと育成することができます。
もとより幹部や、指導する側と若手では、ステークホルダーや、会社の財務に対する情報の非対称性が働いていますが、このことをすっかり忘れて、幹部や指導側が、当たり前に知っていることを若手が知らないと、若手は随分未熟に見えたり、イラついたりするものです。
しかしながら、それは若手社員が理解できる知識と意識共有のベースをつくっていないので、若手が知らないだけということも多々あります。そこで今回、シンプルな1枚の絵だけで、会社の全活動を理解し、自立人材の育成につなげる流れを考えてみました。
なお、やや高度な運用として、この図に管理会計の数字を紐づけてシミュレーションできるようにし、常に期末を意識して、入りと出がどうなるかを議論していく習慣を作ると、より主体的に、組織の協働力向上に向けた人材が育つでしょう。 |
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次に、2つ目のコンテンツは、「会社の仕組み」図を活用し、ビジネスモデルで顧客にとっての価値を明らかにしていくものです。 |
⇒自立人材育成のために、教育しておくべき基本中の基本2~顧客にとっての価値を考える |